Tetsuoの部屋
フリーライター、Tetsuoの部屋。趣味は映画、音楽。その他、釣り、乗馬など。
映画日誌「サルバドールの朝」
 スペインでは、社会性のある映画はあまり好まれないせいか、これまでにも、内戦、フランコの独裁政治を扱った映画は、ありそうで、あまり無いようだ。そうした点で、この映画はスペイン映画としては貴重かもしれない。フランコの時代に活動を行っていたアナーキスト、サルバドールは、スペン本国では知らないものはいないくらい、との事ながら、日本も含めて他の国ではあまり知られていないだろう。そのため、まず、サルバドールの経歴や活動振りを知る必要があるが、この映画では、冒頭から、回想形式でそのあたりは詳しく知ることが出来る。回想と現在の描写とが交錯しながら、スピーディーな展開で、セピア調の画面も雰囲気が出ているし、ここらは映画としては、巧みな演出で見る者を惹きつける。
 しかし、サルバドールのやったことが、この映画の通りで事実なら、やはり犯罪は犯罪であり、政治活動家としては評価できるものでは無いだろう。それを、あえて正当化するのがこの映画の目的では無いだろうが、やはり、主人公をこのような活動に導くことになった社会的背景、当時のフランコ体制の実態、というものももう少し描くべきではなかったろうか。でなければ、我々も含めてスペイン以外の国の人たちは、主人公に感情移入がしにくい。
 これ以外にも、懸命に弁護を続ける弁護士や、次第に心の繋がりが生まれていく刑務所の看守にしても、この人物の感情の裏づけとなる社会的背景をもっと描くべきだった感がある。
 前半はストーリー展開が見事ながら、なぜか、終わり近くなったところで急にスローテンポとなり、死刑が決まってから、執行されるまでの描写がややだるい感じになってしまったのも残念だ。懸命に恩赦を図ろうとする人たち、主人公の家族の心情、そして主人公自身の心情などを、もっとカットバックなどを使い、巧みに描けていれば、もっと見るものに強いインパクトを与えられたろうが・・・。惜しい気がする。
★65点
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チェの人気は、不滅?
 今日のニュースで、故チェ・ゲバラの毛髪などの遺品が25日、アメリカ・ダラスでオークションにかけられ、合計11万9500ドル(約1365万円)で落札されたことが報道されていた。
 もう何年も前になるが、ボリビアで、ゲバラの遺骨が発掘され、キューバに里帰りしたことが報道され、ある雑誌ではその遺骨の写真も掲載されていて、少し驚いたのを覚えている。
 そうか、今年で、ゲバラ没後、40年になるのか・・・。
 中南米の統一という壮大な目的を持ち、ボリビアで革命活動を行っていたのだが、地元の住民の指示を得られなかったこともあり、遂には政府軍に捉えられて射殺されてしまったわけだが、無念さよりも、やれるだけにことはやった、という満足感はあったのかも知れない。尤も、チェ自身しかわからないことだろうが・・・。
 チェの思想の中で根本的だったのは、やはりアメリカの帝国主義への反感だったろうが、没後40年経った今。そのアメリカで、自分の遺髪がオークションにかけられ、莫大な価格で落札されたのを、どう思うことだろうか・・・。
 とにかく、アメリカでも、ゲバラのファンは結構いるのは確かなようだ。やはり、チェは、永遠に崇拝されるヒーローと言っても過言では無いだろう。これは、歴史上の人物の中でも、チェほど一般民衆のことを思い続けた人物はいない、ということからかも知れない。
 今、アメリカでは、中南米系の住民が増え、“スパングリッシュ”という英語が広まっていることが社会問題となっている現状は、チェはあの世で、どう思っていることだろうか・・・。
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電話サービスも便利になったもの
最近は、携帯電話を持つのが当たり前、と言う感じになってしまっている。しかし、折角、部屋に固定電話があるなら、固定電話の有効な活用も考えた方が良いだろう。携帯電話が自分の電話になってしまっている場合でも、昔からの友人や、家族などは、やはり固定電話にかけてくることも多いことだろう。こんな時、固定電話にかかる電話も携帯電話に転送できれば、と思うし、また、固定電話の留守電のメッセージを保存し、メールで携帯に転送できれば、すぐにメッセージを読むことも出来る。
そこで、プレスブログで得られた情報がある。
050あんしんナンバー(着信用サービス)が、こうしたニーズにぴったりだ。
これは、自分の固定電話にかかった電話を「050番号」が着信し、メッセージ(留守番電話)センタでメッセージを預かってくれたり、、普段使っている携帯電話・一般加入電話へ電話をつないでくれる着信用サービス。ホームページで簡単な設定を行うだけでスタートできるもの。追加の専用機器等も不要で、手軽に利用が出来るのがありがたいものだ。有料オプションで、電話番号非通知の電話の場合着信拒否できるシステムがセットになった「050あんしんセット」もある。
これだと、他にも、例えば引越の時なども、電話番号の変更の手続きせずに固定電話を利用できる、と言うメリットもある。
懸賞に応募するときや、アンケートに回答するとき、さらに、ネットショッピングやオークションの連絡先を記入するときなど、自分の電話番号を先方に知られたくないときにも利用できるなど、いろいろと利用のバリエーションもある。
映画日誌「題名のない子守唄」
 ジュゼッペ・トルトナーレの最新作だが、この人の名前を知らしめた、ニュー・シネマ・パラダイスとは違い、サスペンスもの、ミステリーものと言ってよい内容。しかし、さすがに巨匠だけあって、ツボを得たエンターテインメントとなっている。何より、主演のロシアの名女優、クセニャ・ラポポルトの名演技が見物。これに加えて、スピーディーな展開、カットバックの技巧も見事なものだ。
 ミステリーものとすれば、ドラマが進行するにつれ、ある程度、主人公の過去などはわかってくるが、主人公の過去と同時進行する現在の部分での、主人公の目的が最後で全てようやく明らかになる、と言う展開は定番的なもので、これはこれで、結構面白い。しかし、ここらは、もう少し、見る側に謎を解くカギも投げかけて欲しかったような気がする。これは、人間好き(?)の監督だからだろうか、少し人間を色々と織り混ぜすぎたせいかも知れない。主人公がウクライナ出身と言う設定、主人公が家政婦として入り込む家の中の夫婦の不和、黒カビの存在、ラスト近いところでの父親の存在・・・。ここらは、少し詰め込みすぎの感もある。
 しかし、謎が明らかになったようで、実は、このドラマの中で一番のカギとなる存在の、テアが、果たして本当は、誰の子だったのか・・・。ここが少し曖昧なのが、却って見るものを消化不良にさせてしまうようだ・・・。もっとも、もし、主人公の完全な思い違いだったとすれば、このドラマ自体が成立しないことになってしまう。というわけで、見る側は、あまりこの辺は気にせず、女の哀切に浸ればよい、と言うわけか・・・。
 私が見た劇場では、この映画のリターン鑑賞の場合、千円に割引のサービスを行っていたが、どうしても、納得がいかない客は、もう一度、映画を見返して、確かめなおしてください・・・と言う意味なのかな?まあ、私は、あえてもう一度見ようとまでは思わないが。
★60点
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12弦ギターの第一人者、レオ・コッケのCDを購入
 たまたま、大阪・梅田のタワーレコードに立ち寄り、いろいろとCDを探してみると、フォークの復刻版のコーナーで、レオ・コッケのCDがいくつかあるのを見つけた。
 レオ・コッケのレコードを始めて聞いたのは、高校時代になるが、初めて聞いたとき、12弦ギターをスライドで弾き、豪快なサウンドでかき鳴らしているのには度肝を抜かれたものだ。また、ボーカルも図太い声で味があり、その、独特の音楽にすっかり魅せられてしまった。
 これ以降、彼のレコードを探したりしたのだが、残念ながら日本では国内版は殆ど出されていない状態だった。それでも、12弦ギターによる独自のスタイルを持った貴重なギタリストとして、日本でもマニアックなギター・ファンの間では結構知られた存在ではあったらしい。強いて分類するなら、フォーク・ギターの分野に入るかもしれないが、ボーカル中心のポップス系のアルバムも何枚か出しているそうで、アメリカでもユニークな音楽活動を行っているようだ。
 たまたま彼の名前を久しぶりに見ることになり、また、少し興味が湧いたが、今でも、国内版のCDは殆ど出されていないらしい。それでも、こうしたところで、輸入版のCDが手軽に買えるようになったのは嬉しいことだ。
 いくつかのCDの中で、ボーカル無しの、完全なギター・ソロのものがあった。やはり、ギタリストとしても一流なので、ギター・ソロ・アルバムもあるのだろう。早速、購入してみることにした。聞いてみると、冒頭、いかにもレオ・コッケらしい、12弦ギターの見事な演奏が始まる。それでも、決してけばけばしくない、テクニック的にもしっかりしたものなのは、さすがだ。
 これ以外にも通常のギターによる演奏もいくつかあり、こちらも、最近アメリカで盛んなアコースティック・ギター・ミュージックらしい感じの、味わいある演奏を聞かせてくれる。
 とにかく、12弦ギターをここまで見事に弾きこなし、しかもソロで演奏するギタリストと言うものは、滅多にいないだろう。その点で、あらためてこの人の貴重さを実感させられた。
 是非、日本でも国内版が出されて、もう少しポピュラーな存在になり、出来れば、来日して、生の演奏も聞かせてもらいたいものだが、難しいかな。
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映画日誌「エディット・ピアフ〜愛の賛歌」
 フランスの国民的シャンソン歌手であったと同時に、その生涯には謎の部分も多かったとされるエディット・ピアフ。それだけに、伝記映画の題材としては格好かもしれないが、ポピュラーな人物だけに、その生涯を描くとなると、あまり造り手の主観などを入れずに、ごく無難な伝記映画とならざるを得ないものか。確かに、主演のマリオン・コティヤールの演技はなかなかのものだし、一人の女性のサクセスストーリー、女性としての恋愛の悩みなども良く伝わってくる。しかし、伝記映画というものは、これまでにもいろいろとあることだし、もう少し新しい味わい、工夫なども欲しかった気がする。幼少期に一時期眼が見えなかったのが、奇跡的に回復した話。自分をスカウトしてくれた恩人の謎の死に関わっていたのでは、と言う疑問。ボクサー、マルセル・セルダンとの恋愛などの様々なエピソードも、表面的に描いているだけなのが、少し物足りない気がする。せめて、どれか一つのエピソードをもう少し深く掘り下げた方が良かったのでは無いだろうか。さらに、謎が多いとされる生涯で、関係者の証言を折り込んだドキュメント的な味わい、または、謎解き的な味わいなども挿入した方が、ドラマとして面白くなったのでは、とも思ってしまう。
 折角なのだから、もう少しエディット・ピアフの肉声の歌も聞きたかったような気がするし、もっとシャンソンの曲も前面に出して、ミュージカル的に描くのも良かったのでは、と思うのだが、それでも、この映画で、結構個人的に、シャンソンに対する興味が湧いてきた。シャンソンと言うものは、イタリアのカンツオーネなどと比べても、男と女の愛以外に、結構人生の苦しみを歌ったものが多いものなのかな・・・。今度は、シャンソンを改めて聞いてみるのに、歌詞にも少し注目してみたいものだ。
★60点
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